日下先生 ご逝去

2011年08月15日

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日下一雄師範代 ご逝去

8月8日(月)にお亡くなりになりました。
ご生前のご厚情に深く感謝するとともに、故人のお姿を偲び、心よりご冥福をお祈りいたします。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
葬儀では、縁のあった仲間で、葬送演武を執り行いました。
沢山の方がお別れに見えました。
(ディヤーナ国際学園のブログで、様子をご報告していきます)


<日下師範代の歩み>
日下一雄師範代は、昭和46年3月16日東京生まれ。中学を卒業後、昼間は働き定時制の高校へと進学。やがて社員寮のある工場へ入った後、自衛隊に入隊。
陸上自衛隊松本駐屯地にて、空手道禅道会のとの運命的な出会いがありました。
26歳、自衛隊を辞め、飯田市にある空手道禅道会研修寮へ。
3年間の研修生活では、阿南道場や川路道場の責任者として、多くの子供達を育てました。その子達も、今では成人式を過ぎ、立派な社会人や学生となって活躍しています。

29歳、東京都にて小金井道場、烏山道場をスタートさせます。
選手としても第一線で活躍し、かつての軽量級チャンピオンとも死闘を繰り広げました。
その後、昼間のバイト、稽古、夜のバイトというハードスケジュールの中で身体を壊して倒れてからは、自分の開いた道場は後輩に託し、心のふるさと飯田へと戻り、充電期間を経て、平成18年6月、骨を埋める決意でフィリピンの地へ。
平成18年7月よりスタートしたフィリピン道場の立ち上げから、ディヤーナ国際学園のフィリピン自立支援施設の指導責任者として4年間奮闘しました。フィリピン道場へ入れ替わり立ち替わりやってくるディヤーナ国際学園の生徒達。子供達の中には、一筋縄ではいかない生徒も数多くいましたが、様々な指導員やスタッフ達の支えもあり、体当たりでぶつかり指導してきました。
彼は生前、どの生徒のことも、昨日のことのように思い出せると話してくれました。

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昨年3月終わり。明らかな身体の異変に気付き、病院へ。すぐに入院し、その2週間後、本格的に体調が悪化。39歳になる春のことでした。
早急に日本で検査入院治療が必要とのことから、昨年4月に帰国、闘病生活がスタート。余命二ヶ月宣告から見事に奇跡的な回復を果たし、長い間、希求し続けてきた、自分の帰る場所なのだと話していました フィリピンへも、二度も渡ることができました。
闘病中、彼は、見舞いに来てくれるたくさんの仲間達に、少しずつ命を分けてもらい、
自分は、空手の道に巡り会えて本当に幸せだった。この道の上で、たくさんの家族のような仲間達と共に過ごした時間は、なにものにもかえがたい宝物なのだと幾度も話してくれました。
最後の最後まで、苦しみ、もがきながらも懸命に生きることを諦めなかった日下一雄師範代、彼の生前の意思を継ぎ、私達はこれからも、武道の道の上で多くの仲間達と、与えられた命を懸命に生きてゆきます。

安らかに眠って下さい。

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posted by dhyana at 12:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本サイドスタッフ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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