日下先生の最後の様子

2011年08月15日

日下先生と私は20年来の親友です。
先月の辺りから、日下先生の死を覚悟していたものの、縁が深く、あまりにも大きな存在だった為、まだ信じられないでいます。

土曜日から私の家におり、半身浴したり、タバコ吸ったり、食べたい物を沢山食べ、テレビを見てとても楽しい時間を過ごしていました。
日曜日夜、9時半頃から調子が悪くなり、食べすぎたかなぁ?と2人で話をしていたものの、10時頃、黒っぽい血を吐き急変。救急車で病院へ向かいました。
調子が悪くなるちょっと前、フィリピンから極真大会の結果が届き、チャンピオンが3名出て、2人でびっくりし、喜んでいて、まさか、こんな風に急変するなんて思ってもみませんでした。

病院で検査をし、5階の病室へ。
とても苦しそうでした。
私は苦しそうな姿をみて、次から次へと涙があふれてきてしまいました。

薬が効いてきて話が出来るようになってきて、本人が熱望した炭酸飲料を一緒に飲みました。
「うめ〜っ!!」
と体から湧き出るような声で美味しそうに大事に飲んでいました。
そして、「これからも炭酸だよ!」
と言っていました。

110808_094525.jpg110808_094519.jpg

これは、その時に飲んだ紙コップと同じもの。
文章がとてもよかったので、
これを私が読んで、
「また一緒に乗り越えようよ!」
というとうなずき、
「今日は、本当に今までになく辛かった」
と言っていました。
自分の死を覚悟していたものの、まだまだ生きる気満々だったと思います。

午前3時ちょっと前
少し安定してきたので、「朝来るから」と言って私は自宅へ。病院から3〜5分のところです。
今から思えば、病室に残っていてあげればよかったと悔いています。



翌朝、病院から「呼吸が止まりそうです」との電話で慌てて病院へ。
病室についた時には呼吸は安定してきたところでした。
今津先生が色々な所に連絡をしてくれ、病室には大勢の人が駆けつけ、病室に入れないくらいの人があつりました。

夕方6時20分、埼玉・千葉から親族が到着して病室に入ってすぐ、静かに息を引き取りました。

お坊さんのような、安らかな表情でした。


posted by dhyana at 14:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本サイドスタッフ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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