日下先生の葬儀・フィリピンB

2011年09月16日

2日間の式を終えて25日、葬儀。普段からお世話になっている方々が道場に集まってくれる中、神父さんに来てもらい、お祈りの後皆で歩き、お墓へ送るフィリピンの形式です。
しかし式30分前に神父さんを迎えに行くと、急に”急にお客さんが来たから来れない”と言いだします。
すでに数日前より約束をしていたはず。
この先の読め無さ、いい加減さ、フィリピンだなあ..
しかしこういった部分も含めて日下先生はこの国を愛していましたね、、。

仕方がないのでスタッフ森川、サブちゃん、
フィリピン道場生代表としてYUKIことカネゴンの三人で弔辞を読んだ後、
教会へ行きお祈りをやってもらう事になりました。

森川、サブちゃんが弔辞を読み、おそらく日下先生が富士壺星人と呼んだ生徒の次に日下先生に多くの相談を持ちかけたカネゴンの弔辞。
”あの人にもう話さないって言われた”そんな些細な事でこの世の終わりの様な顔をし何時間も先生を捕まえていたカネゴン。
お世話になり続けただけに、格別に長い弔辞。笑 
その純粋な気持ちが伝わる良い弔辞でした。

その後教会、お墓へ向け出発。
4年間、乗りこなした愛車で日下先生の好きな音楽を流しながら、皆で歩き村のゲートを抜け、大通りへ出ます。
日下先生の選ぶ音楽はジャンルもバラバラで、アニメや特撮物のテーマソング、メタルやロック、70〜80年代の音楽、中国音楽と幅広いのですがアイポッドに詰められたその曲達はどこか皆”日下セレクション”として不思議なまとまりを持って聞こえてきます。

自分達スタッフはもちろん、生徒達も近くのモールや海、病院や空港へ向かう際流れていたこの音楽達に愛着があり、懐かしく聴きながら歩いていました。
思い出の曲で、我慢していた人が関を切ったように泣き出すなど、
人を一瞬で”あの頃”に引き戻す、音楽の力は凄いな..なんて考えさせられました。

教会でのお祈りを終え、お墓へ到着。
石原先生が親族の方にお願いし分骨していただいたお骨の中に皆の書いてくれた弔辞を入れ、いよいよ最後のお別れ。
参列していただいたかた皆でお骨にお花をたむけ、お墓の従業員の方がお骨を棺に入れ、棺を地中奥深くへと埋めていきます。

日下先生は、最後に自分の関わった人達が少しでも良い人生になっていく事を願っていると言われたそうです。

ここにいる我々スタッフ・生徒全員が、今回の式を、これまでとこれからの日々を通し、良い人生になっていってくれる事を切に願います。

日下先生、ゆっくりと休まれてください。
これまで本当にお疲れ様でした。


参加していただいた皆様、日本から暖かい言葉と応援、葬儀の義援金を送ってくださった皆様。
今回は故人の為に、自分達にもお別れをする為の機会を作ってくださりありがとうございます。
感謝の言葉しかありません。


日下先生は本当にこの国を愛し、心から戻ってくる事を願っていました。
今回こういった形で叶えていただき、きっと喜んでくれていると思います。
これからもこのフィリピンの地で、関わっていく全ての人を見守ってくれていてくれる
とでしょう。

改めてお礼申し上げます。
今回は本当に有難うございました。


故人の安らかな眠りを祈って。


フィリピン道場 スタッフ一同







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