
〜 中編 〜
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○後輩に殴られて、教師に見放されて
彼は、空手のことも格闘技のことも好きでした。そして自らも強くなりたいと切に願っていました。また最初に私が思った通りに器用ではないが真面目な男でした。
家庭内で暴力を働いたといっても親を殴ったわけではありません。
モノを振り回して単に暴れただけなのです。何か、やり切れぬ思いが暴れることへと繋がったのでしょう。決して言葉を巧みに操る男ではありません。だから、彼を理解するまでには時間もかかりました。
一般的に見れば彼には家庭環境に問題があったわけではありません。両親は長男として生まれた彼に期待を寄せて育ていました。親が離婚していたわけでもなければ、虐待を受けていたのでもありません。小学校、中学校を経て、高校に入るまでは順風満帆に育っているように見えたわけです。彼は両親のことを愛しているし、両親もまた彼の事を愛していました。なのに、なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか。世間体を気にするであろう親が息子を何とかして欲しいと他者に話すのは、よほどのことだったのでしょう両親にとっては予想外の出来事だったのです。
空手も格闘技も大好きでしたが自分が運動能力に長けているとは思えずに彼は過ごしてきたようでした。中学校を卒業し高校へ進学すると運動部ではなく応援団に入ったそうです。格闘技をやりたいとの気持ちは持っていたようですが同時に応援団の”男らしさ”にも惹かれていたといいます。
彼は一般に言われる非行少年はありませんでした。
むしろ正義感が強く無意味な、また不合理な暴力は嫌いでした。
自己主張が強すぎるタイプでもありません、だからプレイする選手を懸命に応援し続けました。そして3年生になった時、彼は応援団長にも選出されたのです。応援団長になったことは彼にとって一つの大きな自信となっていたはずです。
彼は、先輩後輩の関係も大切にしていました。だから、後輩に対して気づいたことを注意することも多かったようです。応援団長として規律は重んじるべきだとも考えていました。
そんな、或る日でした。突然、後輩が応援団長である彼に抵抗したとです。その後輩は応援団の部員ではありませんでした。注意されたことに腹を立てた後輩とは口論になり、そして殴られてしまったそうです。彼はやり返すことができずに一方的に殴られてしまったと言います。そのことは彼にとって大きなショックでした。先輩後輩の序列は、応援団においては絶対的なものでした。なのに彼は後輩に喧嘩で負けてしまったのです。
大体、普段から喧嘩好きだったわけではありません。いや、そういった凶暴なシチュエーションは嫌いでした。それなのに遭遇し、また自分を殴りつけた相手が後輩だったことも状況的に考えて大きなダメージとなりました。何よりも、そんな暴力的な現場で、恐がってしまい何もできなくなってしまった自分の気持ちの弱さが心底、嫌になったようです。
強くなりたい、彼は強く感じていました。また、その一方で、自分の悩みを誰かに聞いてもらいたいとも思ったようです。自分が信じていた一つの価値観が崩され、その後に、どうすればいいのか道標を立ててもらいたい・・・そんな気持ちだったのでしょう。
学校にいる間は行動に移すことができませんでした。家に帰ってから意を決して学校に電話をかけました。信頼していた先生に悩みを打ち明けるためです。先輩後輩の関係を尊重し続けた彼は、先生のことを当然のように慕っていました。しかし、その電話で悩みを打ち明かしたにもかかわらず、相手は一方的にガチャンと受話器を置いてしまったというのです。信頼していたはずの先生に見放されてしまった、と感じました。そのことも彼にとっては耐え難いショックでした。
○アパートでの共同生活から研修寮は始まった
ここまでは彼から私が聞いた話です。彼の話を部屋で聞きながら正直なところ、私は思いました。
それは電話を切られるだろうな、と。
何故ならば彼は決して話し上手ではなかったからです。おそらくは、彼が感情的になったこともあり話の内容が支離滅裂になっていたのでしょう。相手の先生も彼が何を言っているのか理解できなかったのだろう、と思えたのです。実際に私も彼の言いたいことを理解するまでに随分時間を要しました。
だからわたしは率直に彼に言いました。
「そりゃ、その話方では電話を切られるよ。」と。
そして付け加えました。
「大体、学校の先生にそこまで期待するなよ。」とも。
私にも何人か教師の知人がいます。中には、職の範囲をはるかに超えて生徒たちと真摯に向き合っている者もいます。しかし、その半面で大半は、職として教師を選んでいるのです。公務員で安定していて夏休みもあって、いい仕事だくらいに思っていたりもしています。
だから、その先生も電話口での生徒の言葉が要領を得ていないにせよ、受話器をガチャンと置いてしまい、その後も何もなかったように平気で振舞えるのです。確かに要領は得ていなっかたでしょう、しかし、彼が悩みを抱えていることは理解できたはずです。それでも面倒臭いことには携わりたくなかったのでしょう。
繰り返しますが彼は真面目な男です。後輩に殴りつけられたことは、耐え難いことだったでしょう。そして慕っている教師に見放されたのは辛過ぎたのでしょう。傷にはなります、それは消せません。されど乗り越えればいいのです。
強くなりたい、と彼は言いました。
その気持ちは痛いほど理解できます。肉体的なダメージは大したことはないのでしょう。しかし精神的に食らったダメージは下手をすると死ぬまで蓄積されてしまうものです。それを何とかして払拭してやりたい、私はそう思いました。
彼が私の預かった最初の少年でした。
この後に、私のアパートで共同生活をする者が増え始めます。これが空手道禅道会の現在の寮へとつながっていくことになりました。
後編に続く・・・
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