
カッターナイフで友達を切りつけた
こんなケースがありました。
ある中学3年生が突然、友達をカッターナイフで切りつけたのです。学校内での出来事でした。

そんな彼が突如として暴れたのです。
両親は学校から呼び出されました。その場で少年は教師らから、どうして切りつけたのか・・・と問い詰められたそうです。その時に彼は言いました。
「○○高校に、お前なんか入れない、受かりっこないと馬鹿にされたから」
と。
たしかに直接の原因は、そんな、ささいな会話だったのでしょう。もしかすると、いや、おそらく彼は刺してしまった少年から日常、嫌味なことを言われ続けていたようにも思えます。その蓄積が「刺す」という形で暴発したとも言えるでしょう。刺された少年も幸いにも大した怪我ではありませんでした。
一旦、少年と家に戻った両親は、今度は二人だけで息子が刺してしまった少年の家へ謝りに向かったそうです。いくらかの見舞金も包んだと聞きました。そして謝罪すると同時に、今回の件を大っぴらにしないでほしいと頼みました。学校に対しても同様のことをしたようです。
中学3年の秋、受験を目前に控えていることもあり、彼らは多感です。いまでは親になっている読者の方も経験があることでしょう。受験という言葉にプレッシャーを憶えずにはいられなかった時間があったことを。
だが、この事件はそれだけでは終わりませんでした。
それ以降、言葉も敬語に近かった彼が家庭内で反抗するようになり、両親に威嚇的な態度を取り、ついには暴れ始めたのです。手におえなくなったのでしょう、両親が私のところに相談に来ました。その時に、ここまで記したことを私は両親から聞かされたのです。
一通り話した後に二人はどうしたら良いかと尋ね、そして言いました。
「どうか、このことは内密にしておいて下さい。」
と。
息子の行為を恥だ、と彼らは感じていたのでしょう。だから周囲には、あまり知られたくない、そんな気持ちから出た言葉だったのだと思います。
自分の弱い部分、格好悪い部分は隠したい・・・
多くの人は、そう考えます。彼らも世間体を気にしたのでしょう。
その時、私は言いました。
「お父さん、お母さん、今の最後の言葉に実は原因があるんじゃないですか」
と。
二人はキョトンとした目で私を見て、そして言いました。
「数ヶ月までは、すべてが順調だったんです。本当にいい子だったんです。
あの子が刺してしまったから相手を悪くは言えませんけど、本当は、あの子 が被害者なんですよ。そのことが心の傷になって家で暴れるようになってし まったんです。私たちは大切に育ててきたんです」
取り敢えずは、その少年と会ってみようと思いました。
2日後に、その少年は両親に連れられて、道場にやってきました。夕方の5時くらいでした。彼のお父さんは私に言いました。
「本当は会社で仕事があるんですが、昼から休憩を取ったんです。大変なことですよ、会社を休むのは。私も立場がありますから」
と。
両親には帰ってもらい、私は彼と向き合っていました。イメージしていた通り、それほど躰も大きくなく、おとなしそうな瞳をしています。
空手の稽古が始まろうとしている時間だったので、道場にあった古い空手衣を彼に着せました。学校の制服であるカッターシャツを脱いで、言われるままに彼は空手衣に袖を通し、稽古に加わりました。
皆で声を出して行う基本稽古から行います。
最初こそ、なんでこんなことをしなければいけないのか・・・という顔をしていましたが、私が視線を向けたのに気付くと、取り敢えずはやるしかないのか、と思ったのかもしれません。見よう見真似で、突きや蹴りの動作をしていました。組み手が始まってからも彼は道場の隅で正座して、稽古風景をジッと見ていました。練習生たちは彼が、カッターナイフで友達を刺した少年であることなど知るはずもありません。一見して、そんなことは想像もしていなかったでしょう。
稽古が終わり、私は彼に言いました。
「よかったら学校が終わってから明日も来なさい」
と。
何も答えはありませんでしたが、うなずくように小さく頭を下げて彼は帰っていきました。
翌日の夕刻、彼は再びやってきました。今度は一人でした。また、その翌日も、やってきました。大して話はしませんでしたが、スカッリ汗を吸い込んだ空手衣彼は持ち帰り、次の日には洗って持ってくるようになりました。土曜日も日曜日も彼は道場にやってきました。他の練習生たちと話すことはなかったようですが黙々と基本稽古をやっていました。
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