
無意識を知り、乗り越えた青年の言葉
少年は次の日も、また次の日も道場にやってきました。相変わらず無口で、それでも懸命に身体を動かし額に汗を輝かせています。
私には彼の表情が少しずつ変わっていることがわっていました。
12月に入った或る日、稽古の後に彼は私の下にやって来ました。
押忍、と挨拶した後に言いました。
「もう知ってると思いますが・・・」
と。
そして、あの事件脈絡を話しはじめたのです。
あんなことをしてしまって、このままでいいのだろうか、裁かれる必要があるのではないかと悩んでいる、と言いました。
思慮深い男でした。16歳の少年とはいえ、自分が犯したことの重大さを十分に理解しています。だから私は答えました。
「自分のやったことを反省しているなら、取り敢えずはそれでいい。しかし、刺した相手に対しては一度、きちんと話すべきだ。謝ることは、きちんと謝り、自分の想いはストレートに伝えればいい。人と真っ直ぐに向き合っていく、それが現実だ。それさえ自分でできれば大丈夫だ」
彼は力強く、
「押忍!」
と返事をすると帰っていきました。その後も、時々、休むことはありましたがコンスタントに道場に通い続けました。次第に周囲の者とも言葉を交わすようになっていたようです。
年が明けて2月の終わりの頃でした。
少年の両親が久しぶりに道場にやって来ました。
「ありがとうございました」
父親は開口一番、そう言いました。
どうやら彼が高校受験に合格したらしいのです。無口な彼らしく、道場には来ても高校受験に合格したことは一切、口にしませんでした。彼なりに自分にとって最も大切なことは何かを理解していたのだろうと思います。
だから、そんな話はしたくなかったのでしょう。
あれから6年近くが経ちます。高校に入学し、その後ストレートで彼は東京の私立大学に合格し進学しました。高校の3年間は道場に通っていましたが、東京へ行ってからは、時々電話がかかってくる程度でした。禅道会の大会があると、顔を出すことはありました。
最近、彼から電話がかかってきました。
そろそろ、就職活動をせねば・・・という話を相変わらず落ち着いた口調でしていました。その後に少々、熱っぽく彼がいいます。
「就職したら、また空手をやりたいんです。先生、基本稽古、移動稽古って本当に大切ですよね」
それを聞いて私は、彼は、もう大丈夫だと思いました。それは無意識の自分というものを言葉にはできなくとも彼は十分に理解できていると確信できたからです。
終わり
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